目次
【お詫び】
第80号は8月10日発行の予定でしたが、第26回日本聾啞史研究大会の日時変更や事務局の不手際等のために 1 か月以上遅れました。このことについてお詫び申し上げます。
第80号(2024年9月20日発行)
第79号(2024年5月10日発行)
第78号(2024年2月10日発行)
第77号(2023年11月10日発行)
第76号(2023年8月10日発行)
内田博幸(2023)「会長のあいさつ」『聾啞史会報』76:
第75号(2023年5月10日発行)
内田博幸(2023)「会長のあいさつ」『聾啞史会報』75:1.
運営委員会(2023)「地域聾啞史団体活動の報告投稿について」『聾啞史会報』75:2.
内田博幸(2023)「新潟聾学校の校名変更と銅像移設」『聾啞史会報』75:3.
渡辺徳浩(2023)「新しくなった牽牛子塚古墳と越塚御門古墳を見た」75:4-6.
佐々木徹(2023)「ヘレン・ケラーの記念碑を訪ねて」75:7-8.
斎木昭孝(2023)「西川吉之助・はま子」75:9.
末森明夫(2023)「書評 久保佐知恵・安河内幸絵(2023)「木米という文人について:木米の前半生の再検討」
『図録没後190年木米』サントリー美術館:19–23.:聾米の失聴時期および意思疎通手段に関する遡及的類推」
75:10-14.
運営委員会(2023)「運営委員会議事録」75:15.
事務局(2023)「事務局報告」75:16.
第74号(2023年2月10日発行)
内田博幸(2023)「会長のあいさつ」『聾啞史会報』74:
猶原拓也・運営委員会(2023)「第24回日本聾啞史研究大会 in 沖縄」『聾啞史会報』74:2–3.
内田博幸(2023)「高橋福治先生の銅像を訪ねて:
内田博幸(2023)「福島一雄先生の銅像を訪ねて:
末森明夫(2023)「書評 戸崎敬子(2007)「沖縄県における特別学級の歴史[Ⅱ]:
『
高橋和夫(2023)「オスマン帝国の唖者(その10):
大久保豪(2023)「『三国志』(陳寿, 裴松之注)魏書王朗伝 における「聾」の記述 」『聾啞史会報』74:18–26.
末森明夫(2023)「『御府内備考』「四谷塩町二丁目 啞 十五郎」」『聾啞史会報』74:27–28.
末森明夫(2023)「山住才三編 (明治11年) 『明治美譚:小学口授』 「聾唖にして能く職業を励み且つ老母に孝ある髪結職 の事」 にみる孝子系譜聾唖伝文 」『聾啞史会報』74:29–30.
末森明夫(2023)「邦訳書 『仏国学制』 第3編巻5 (明治9年) 「第5目 瞽者聾唖を教育する事」 にみる聾唖語彙」『聾啞史会
報』74:31–34.
末森明夫(2023)「刑法と治罪法にみる聾唖語彙 」『聾啞史会報』74:35–39.
末森明夫(2023)「中村不折と聴覚障害:
辻 久孝(2023)「西川傳右衛門跡 」『聾啞史会報』74:43.
事務局(2023)「事務局報告」『聾啞史会報』74:44
第73号(2022年11月10日発行)
内田博幸(2022)「会長のあいさつ」『聾啞史会報』73:1.
山本直弘(2022)「ヘレン・ケラー女史の来岡」『聾啞史会報』73:2-6.
内田博幸(2022)「山口県立聾学校 創立者 今富八郎」『
渡辺徳浩(2022)「浜松聾唖の銘板を見て感じた事」『
猶原卓也(2022)「札幌聾話学校理髪部」『
末森明夫(2022)「《ウルトラQ》にみる唖者」『
末森明夫(2022)「天文家・草葉修」『
末森明夫(2022)「童話『唖者の国』」『
高橋和夫(2022)「オスマン帝国の唖者(その9)」
末森明夫・樋原裕二(2022)「三河国幡豆郡高落村百姓すへ」『聾啞史会報』73:27–29.
末森明夫・樋原裕二(2022)「三河国額田郡下明大寺村百姓そめ・志な」『聾啞史会報』73:30–31.
末森明夫(2022)「『画本早引』の聾図像にみる指差」『聾啞史会報』73:32-33.
運営委員会・事務局(2022)「運営委員会議事録」『聾啞史会報』73:34.
事務局(2022)「事務局報告」『聾啞史会報』73:35.
第72号(2022年8月10日発行)
〈研究〉内田博幸(2022)「愛知県立豊橋聾学校の記念碑:「
〈研究〉内田博幸(2022)「
〈研究〉猶原拓也(2022)「『聾啞年鑑』 からみる 「調髪」の在処」『聾啞史会報』72:5.
〈研究〉高橋和夫(2022)「オスマン帝国の唖者(その8)」
〈書評〉末森明夫(2022)「『湧上聾人とその時代』」『
〈書評〉末森明夫(2022)「中村三近子:
〈史料紹介〉末森明夫(2022)「高点前句付集 『江戸土産』 にみる 【聾】 異体字」『聾啞史会報』72:20–21.
〈史料紹介〉末森明夫(2022)「上博楚簡 『容成氏』 にみる癈字彙」『聾啞史会報』72:22–27.
〈史料紹介〉末森明夫(2022)「宮古語にみる聾啞語彙」『
〈書評〉末森明夫(2022)「『「悔」なれど「忍」:
:聾啞史・
〈報告〉事務局(2022)「事務局報告」『聾啞史会報』72:
第71号(2022年5月10日発行)
〈報告〉運営委員会(2022)「第24回日本聾啞史研究大会inおきなわ」『聾啞史会報』71:2.
〈報告〉運営委員会(2022)「オンライン 聾啞史企画」『聾啞史会報』71:2.
〈総説〉山本直弘(2022)「日本における聾理容の歴史と変遷」『聾啞史会報』71:3-7.
〈総説〉山本直弘(2022)「聾啞理髪師」『聾啞史会報』71:8-11.
〈研究〉石川俊哉(2022)「四重苦の放浪歌人 下山清(1902~1931)」『聾啞史会報』71:12-14.
〈研究〉高橋和夫(2022)「オスマン帝国の唖者(その7)」『聾啞史会報』71:15-21.
〈研究〉大久保豪(2022)「『淮南子』主術訓における「聾」の記述」『聾啞史会報』71:22-28.
〈書評〉末森明夫(2022)「近世日本の絵入百科事典にみる片輪図譜『聾啞史会報』71:29-38.
〈報告〉運営委員会・事務局(2022)「2021/2022年度 第2回運営委員会 議事録」『聾啞史会報』71:39.
〈報告〉事務局(2022)「事務局連絡」『聾啞史会報』71:40.